月刊国語教育 2003年6月号 「生徒が行う模擬面接」

1.はじめに

 「子どもは有能である。どのくらい有能かというと、教師と同じくらい有能である。」

 これは、今私が所属している研究室の研究を進める上での大前提です。その能力を引き出す場を作るのが教師の仕事だと思っています。そこで、その前提をもとに模擬面接の授業をしてみました。

1)今までの面接指導の欠陥

 生徒の入社や入学試験で面接試験がある場合、ほぼ100%と言っていいほど、教師が面接官役になって生徒が模擬面接をおこないます。果たしてこれは本当に効果があるのでしょうか?このように行うと、よくあるパターンとしては、教師が部屋の出入りの仕方、言葉遣い、服装などを細々と指摘して終わることになります。一度にたくさんのことを言われてしまったら生徒達はそれをすべて直せるはずがありません。

 言われた生徒はきっと普段の学校生活で言われていることを再度言われることになります。「服装を正せ。」「言葉遣いを丁寧に。」「物事をはっきり話せ。」などなど……。模擬面接で同じ事を聞いた生徒は「またか」と思い、受け入れを拒否してしまいます。せっかくの模擬面接なのに「生徒指導」になってしまう可能性が高いのです。

 一方、指導する教師の方のスキルはどうかというと、これも怪しいのではないでしょうか。教師が面接を受けた経験は、教員採用試験の時ぐらいしかないでしょう。ベテラン教師にとっては数十年も前の話です。数十年も前の受検当日の気持ちなんて忘れてしまっているはずです。その時に何を気をつければいいかなんて、思い出せるはずがありません。受検者の立場になってものを考えることが出来ないから、生徒に対しては「粗探し」程度の指導しかできなくなります。

 私は2001年夏に大学院入試を受けました。私は「面接試験は慣れているし、こっちは指導をしているんだから大丈夫。」と高を括っていたら、失敗しました。受験票を持って面接室に入室し、席に着きました。そして受験票を両手で持っていたがために、本来膝の上に置くべき両手を机の上に置き、しばらくそのままで受け答えをしまいました。考えてみれば非常にだらけた姿です。途中で気がついてあわてて膝の上に戻しました。大した失敗でもなかったかもしれないけど、自分で面接を受けてみるのと、指導するのとでは大違いということがわかりました。幸い合格したので、今となってはどうでもいいことなのですが。

 このことは生徒にも当てはまると思いまた。生徒は模擬面接で受検者になることはあってもほとんど面接官の役になることはありません。それならば面接官の立場に立たせてみれば、面接官が何を聞き、何を見、何を考えているのかを経験でき、受検者の心得というものが体感できるはず、と考えました。

2)スキルトレーニングをする国語の授業

 模擬面接は担当の三年生のクラス全員を対象に、国語の授業(国語㈼・現代文)の授業で行いました。模擬面接がどうして国語の授業か?と考える人もいると思いますが、面接試験というのは生徒がほぼ初めて経験する「自分を伝える」という場面です。そして今の不況の世の中では、生徒は非常に厳しい条件で相手に自分を伝えなければならなりません。「自分を伝える」手段として「言語」は非常に大きな役割を占めます。このように実生活にダイレクトに影響する言語スキルを身につける場を設けることが国語教育の役割だと思っています。しかも数週間から数ヶ月後に起きる場面をシミュレーションするのだから生徒は自然と熱が入ってきます。生徒のニーズに応える場を設ける授業をすることによって生徒は効果的に言語スキルを身につけていくはずです。

2.生徒が行う模擬面接

 2001年度2学期、私が受け持っていた3年4クラス(国語㈼・現代文)を対象に模擬面接の授業を行いました。生徒は面接を受けることもさることながら、面接官になれるという始めての経験への期待からか、今までの授業以上に嬉しそうに取り組んでいました。

1)採用予定・質問

 4〜5人のグループになり、会社名、社長(班長ということ)を決め、質問内容を決めます。その時に、「どういう人を採用するのか」ということも考えさせます。これは、採用する側の立場に立ってみることで、自分が選ばれる対象となっていることを自覚させたかったからです。生徒が考えた質問内容もとてもオーソドックスなものでした。「我が社を選んだ動機は?」「学生時代の思い出は?」というものです。「我が社に入って何がしたいですか?」という質問を考えたグループもありました。

2)模擬面接

 36名の生徒を6グループに分けました。2グループずつペアになり、一方が会社役、一方が受検者役で、3ペア同時展開で模擬面接を行いました。教室内は騒然となり、模擬面接を行っていました。騒然とした中でも、受検者役の生徒はそれなりに緊張感を持っていたようでした。待っている時は笑ったり、話したりしていたましたが、自分の順番が来ると真剣な顔付きになっていた者がほとんどでした。このことは後述する「生徒の感想」からも伺えます。

 片方の班の模擬面接で、一時間の半分以上が過ぎてしまうので、もう片方は時間の途中で時間が無くなってしまったので、次の時間に続きを行いました。そしてすべてが終了すると採用決定の会議にはいります。

3)採用決定

 採用決定には選択と責任が伴います。4〜5名の中からでも、きちんと理由をつけて選ばないといけないからです。その理由が納得のいくものでないと、選ばれなかった者の反感を買ってしまいます。選択するということはとても責任の重いものです。そして採用通知(採用者と理由を書いたもの。)を書き、本人に手渡します。模擬であるにもかかわらず、採用された生徒はとても嬉しそうにしていました。自分の行ったことへの結果がすぐに行為者から見えるというのは学習上とてもいいことだと思いました。

3.終わりに

 模擬面接の締めくくりとして「ふりかえり」を書いてもらいました。前述の授業内容と照らし合わせて読んでください。

1)面接官の立場になって気付いたこと

  (1)会社の今後を考えて決めるのが大変。

  (2)何を一番重要にすればいいのか?とか、考えて結構悩んだ。でも、私が面接官だったら……って考えた時、やっぱり「ずーっと笑顔で」楽しくって所が一番かな?って思った。

  (3)どんな質問をすれば、相手のことがよく分かるか、ということを考えながら質問を作るのは難しかった。

  (4)緊張感があった。その人の動作とかを目で追っていた。

  (5)面接官を見ている人は落ち着いて見えるし、見ていない人は落ち着いていないように見える。

  (6)面接官は一つの質問をして答えが返ってくると、どんどん次の質問をしてどう返ってくるか知りたくなる。

  (7)(採用を)一人に決めるのは結構迷った。

  (8)服装など、結構目についた。第一ボタンまでしている人としていない人では印象が違った。

2)他の人の面接を見ていて気付いたこと

  (9)同じ質問をされてるのに、自分と全く別の考えの人とかいたし、緊張している人もいたし……。本当の面接じゃないのに、おっかなびっくりだった。人の面接を見ることなんて無いから勉強になった。

  (10)みんなが結構ちゃんと自分の意見を持っていて、しっかりと答えていたからビックリした。自分も負けないようにがんばろうと思った。

  (11)身だしなみは一番最初に目につくところなので、とても大事なんだなぁと思った。

  (12)他の人のを見て「こんな所はよい風に見られない」というのが分かった。

  (13)他の人がやたら自分よりちゃんと言えてるように見えた。

  (14)他の人の志望動機が聞けて参考になりました。

3)自分が面接を受けて気付いたこと

  (15)授業とはいえ、かなり緊張しました。面接官が多ければ多いほど緊張度が増す気がします。

  (16)今回は緊張してなかったのでいいたいことが言えたけど、まだ言えてない感じがした。

  (17)どんなに同じクラスの人が相手で、授業だといってもすごく緊張するものだと思いました。ちゃんとできているか、答えられているか不安になるものだと思いました。

  (18)あいさつとかはちゃんとできたと思うけど、少し落ち着きがなかったと思う。

  (19)少し緊張感がなかったから笑っていたと思う。「反省」

  (20)相手の目を見ることができるようになった。

4)いろんな立場になってみて、気付いたこと

  (21)どんな立場でも「前から作ってきた答え」っていうのは分かるなぁって思う。採用側は第一印象が結構重要視してると思う。

  (22)面接の時って、すごいその人自身が現れるんだなぁっておもった。緊張しすぎて(たぶんクセだと思うけど)足をガタガタさせてる人とかずーっと下向いてる人とか、ついつい、いつもの自分が出ちゃうんだ!っておもった。だからそういうのにも気をつけて、がんばりたい。そして、みんなもがんばってほしい。

  (23)今まで同じクラスだったんだけど友だちのことで知らなかったことがいっぱいあった。

  (24)やっぱり頭髪はなおして言葉遣いに気をつけようと思った。

  (25)自分は本当にこの会社に入りたい!という気持ちを大事にして、た一回のチャンスの場でいっぱい自分を知ってもらいたいと強く感じた。

5)まとめ

 (2)「私が面接官だったら……」というように、他者の立場に立っている意識が伺えます。

 (5)「面接官を見ている人は落ち着いて見える」ということは、絶対に面接官の立場に立たないと分からないことでしょう。

 (11)(12)普段は「密室」で行っている模擬面接を「公開」で行うことによって、「受検者の自分」を他人に置き換えて見ることができたのです。他者から学ぶことが効果的になされている現れだと思います。

 (24)指導を受ける立場から指導をする(選考する)立場に変わると、「やっぱり頭髪はなおして……」のように、意識が変わってくるのが分かります。