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2016年8月

開かれた『学び合い』はこれで成功する!

開かれた『学び合い』はこれで成功する!
開かれた『学び合い』はこれで成功する! 水落 芳明 阿部 隆幸

学事出版 2016-08-26


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2013年5月

教室で楽しむ群読12カ月高学年編 重水健介企画 日本群読教育の会編・脚色

 

教室で楽しむ群読12ヵ月【高学年編】
教室で楽しむ群読12ヵ月【高学年編】 重水 健介 日本群読教育の会 脚色

高文研 2013-04-23
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2008年8月

群読実践シリーズ 古典を楽しむ 毛利豊+日本群読教育の会編

 

古典を楽しむ―俳句から平家物語まで (“群読”実践シリーズ)
古典を楽しむ―俳句から平家物語まで (“群読”実践シリーズ) 毛利 豊 日本群読教育の会

高文研 2008-10
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2008年5月

「キャリアガイダンス No.21 2008/5発行」(リクルート)にインタビュー記事が掲載されました。

 

編集者1名、インタビュアー1名、カメラマン1名がいらっしゃって、取材をしてくれました。高校には無料で配布されているようです。以下の項目の「3章」に載りました。

 

『ニッポンの人材~育成と就業の現場』vol.4

教職という「夢」 

1章  若手教師が語る、仕事のやりがい 
  幼稚園 宮田那々(22歳)/小学校 大前暁政(30歳) 
  中学校 木戸脇千景(37歳)/特別支援学校 尾高邦生(33歳) 
2章  こんなに面白い、教師という職業 
  京都橘大学 准教授 池田 修 
3章  これからの教師に求められる力 
  上越教育大学大学院 教授 西川 純 ほか 
4章  教師への道 オールガイド 
  保育士/幼稚園教諭/小学校教諭/中学校教諭/高等学校教諭/ 
  特別支援学校教諭/養護教諭/栄養教諭 
5章  先生になりたい高校生のための最新進路トピックス 
  大学GP/教職大学院/教師塾 


 

2007年10月

学び合う国語(西川純・片桐史裕編著)

初めて表紙に名前が載った本です。

学び合う国語―国語をコミュニケーションの教科にするために 学び合う国語―国語をコミュニケーションの教科にするために
西川 純 片桐 史裕

東洋館出版社 2007-10
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2005年12月

学術論文「教育実践研究」第7巻第1号 「高校生の作文共同編集における相互交流と表現の確定について」

 

2005年11月

学術論文「臨床教科教育学会誌」2005年第4巻第1号 「高校生における作文共同編集と伝達の研究

 作文学習を他者との交流により行った。構想の段階から学習者同士の自由な交流の場を保証し、執筆、推敲、清書、評価と、全て交流の場を設けて個々の作品を作り上げた。それらの活動を会話記録と作文表現の変化から文産出過程を分析した。その結果、相手意識と目的意識を明確に設定し、読んでもらう相手からアドバイスを受けることにより、作文の傾向が変化し、より伝わる文章が作れるという結果を得た。 

 

2005年10月

TENY「新潟一番」 「イッセー尾形の作り方」紹介番組

NHK「きらっと新潟」 「イッセー尾形の作り方」紹介番組

私が参加した「イッセー尾形の作り方」ワークショップをTENYとNHKが取材をし、TENYではアナウンサーがコメントをしているバックに私の映像が流れた。

 

イッセー尾形の作り方webページ

 

2004年12月

三重県教育委員会 ネットde研修「教育方法」の講師(講演の収録)

三重県内の先生方がネット経由で研修するコンテンツになった。

三重県の教育センターまで行き、後援を収録した。



2004年7月

高文研 「続 いつでもどこでも群読」

続・いつでもどこでも群読 続・いつでもどこでも群読
家本 芳郎

高文研 2004-08
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2003年5月

月刊国語教育 2003年6月号 「生徒が行う模擬面接」

内容

2003年4月

月刊国語教育 2003年5月号 「身体表現としての群読」

内容

2003年3月

月刊国語教育 2003年4月号 授業の導入

授業始めの10分読書

 私は前任校で、授業開始時の10分読書を始めました。もちろんこれは林公氏が提唱した「朝の読書」の変形バージョンです。朝の読書の活動を知り、何とか実践してみたいと思ったのですが、始めた当時はクラス担任を持っていなかったし、自分の工夫の及ぶ範囲は担当授業しかなかったのです。そんな時、メール仲間から「自分のできることをしてみたら?」というアドバイスをもらい、実践してみました。

 きっと生徒達は今までそんなに読書なんてしたことないから、全員が読書するまでどのくらいの期間がかかるんだろう。なんて思ったので、たくさん本を購入して受け持ちクラス全てに学級文庫を設置しました。ところが始めてみるとクラスのみんなが読書を始めるのです。学級文庫の本がすぐに空になりました。そして、自分手本を持ってくる生徒も多数現れました。

 授業開始が静かな状態で始まるのは非常に気分のいいものです。しかも10分間本を読んいるので、頭が活性化しています。私も含めてクラス全体が学ぶ雰囲気になっているのです。これはそれまでの私の教員経験になかったすばらしいことでした。

 でも、10分読書の一番の効果は私の読書量が増えたことです。例えば1日に4時間授業があったとすれば、私は40分間本が読めるのです。本を読んでいない事への焦燥感が消えました。そして、それまでは、生徒に「本を読んだ方がいいよ。」とは伝えましたが、自分がそれほど本を読んでいないので、「この本いいよ。」とは勧められないのです。しかし読書量が増え、生徒の読んでいる本を貸してもらったり、生徒に本を貸してあげたり、交流も生まれました。

 生徒に10分読書についていつも感想を書いてもらいます。ある生徒が「読んでいる時は自分が主役。」という言葉を書いてくれました。その言葉が私の心にずっと残り、どんなことがあってもこの活動を継続しようという気持ちにさせてくれました。

 

2002年5月5日

月刊生徒指導2002年5月号増刊、「授業規律で学ぶ力を~うるさい授業よ、さようなら~」出版 家本芳郎編著 学事出版

私が原稿を書いた(共著)初めての書籍です。

 

授業規律で学ぶ力を―うるさい授業よ、さようなら 授業規律で学ぶ力を―うるさい授業よ、さようなら
家本 芳郎

学事出版 2002-05
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2001年12月

朝の読書46校の奇跡 朝の読書推進協議会 編 メディアパル

朝の読書46校の奇跡―私たちはこのように「朝の読書」に取り組んだ
朝の読書46校の奇跡―私たちはこのように「朝の読書」に取り組んだ 朝の読書推進協議会

メディアパル  2002-01
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2003年7月

いつでもどこでも群読 家本芳郎+日本群読教育の会企画・編集

いつでもどこでも群読―群読実践記録集
いつでもどこでも群読―群読実践記録集 家本 芳郎

高文研 2003-07
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2001年10月

全国高等学校国語研究大会 第2分科会 「授業に取り入れる10分読書とディベート」発表

〈実践発表〉第二分科会 会場 音楽文化会館

 授業に取り入れる10分読書とディベート
新潟県立堀之内高等学校教諭 片桐 史裕

1 生きる力としての読書と言語技術指導としての国語

 子供達は高校卒業後、半世紀以上生きていく。その半世紀以上の人生の中で、学生時代授業で学習した「国語」がどんな役に立つのだろうか?漢字や語句の意味と言った「知識」的なものだけだったらとっても淋しい気持ちになる。教師なんていなくても学習できるものだからだ。それではいったいどんな力を付けさせるべきなのか?私は「鑑賞」と「言語技術」に重きを置いて指導したい。
 読書をして鑑賞することも、ディベートに代表されるような言語技術も、「受験科目」にないせいか、きちんとした指導方法というものが確立・周知していないように思われる。この二つは学校教育の中や、国語指導の中で重要な位置を占めるはずなのに、授業中にその指導はほとんどと言っていいほどされることはない。相変わらず「読む(黙読中心)」ことをして、何を述べているか「理解」し、その内容を「表現(書くこと中心)」する、いわゆる「文章読解(受験国語)」が国語の能力であるとされている。
 私は小さい頃から国語が好きで、このような授業を喜んで受けてきたが、どうやら多くの人たちはこのような国語はそれほど好きではないのだ。「国語は何をどう勉強したらいいかわからない。」という生徒の言葉は昔からあるが、この言葉に代表されるように、国語というものは「曖昧」なもので、「何を学習したらいいかわからない。」もので、「何に役に立つかわからない。」ものである。ましてやそう考える子供達にとって国語を「楽しんで」学習することなんてもってのほかなのである。
2 教育の既成概念の打破

 「国語」に限定したことではないが、指導には必ず「教師の」評価が必要であると思いこんでいるのではないか?必要な場合画もあるが、必要ではない場合もある。10分読書では教師の評価は必要なく、評価するのは本人である。ディベートではジャッジは生徒である。生徒の評価がそのディベートの評価となる。
 先に書いた文章読解授業の評価方法は、教師の持っていた知識を生徒をどれだけ頭に詰め込み、それをテストの時にどれだけ放出できたかで評価が決まっている。目的地(到達点)の決まっている暗記力の評価である。国語の力は「暗記力」だろうか?

3「朝の読書」の4原則をふまえて
~感想文を書かせるのは最も簡単に大量に読書嫌いを作る方法~

 私は本を読むのが好きだが、小さい頃読書感想文を書いたから好きになったわけではない。むしろ読書感想文は書き方の指導もされていなかったので、どのように書いていいかわからず、苦痛な宿題だった。「読書指導=読書感想文」という安易な方法が実は読書嫌いを作っているということに国語教師は気づかなければならない。読書感想文ではない読書指導は読書する「場」を与え、読書する「姿」を見せ、読書のできる「環境」を作ること。

4 言語技術は型を与えてから始まる

 我々が公文書を書くときは以前の文書を真似て書く。生徒も同じ。

5 場の提供 教師はコーディネーター

 目的地(到達点)は生徒次第。枠から外れすぎたら修正する。

2001年10月

新潟県図書館だより「朝の読書の四原則」

朝の読書 四原則について

~「朝読新潟交流会」穴見嘉秀さんの講演から~

  新潟県立堀之内高等学校

教諭 片桐史裕

 8月26日、新潟市信濃川会館での「朝の読書」新潟交流会に、穴見嘉秀さん(朝の読書実践研究会事務局長/九州大谷短期大学専任講師)をお呼びしました。演題は「『朝の読書』と『読書のアニマシオン』~提唱者・林公先生、モンセラットさんの思いをふまえて」です。その時のお話をもとに「朝の読書の四原則」について書きたいと思います。

 ①みんなでやる

 ②毎日やる

 ③好きな本でいい

 ④ただ読むだけ

 この四原則について穴見さんはこう説明なさいました。

 「学校とはどういう場なのか?みんなでやる場じゃないか?毎日やる場じゃないか?自分できることをする場じゃないのか?それができればいいじゃないか?」

 つまり、朝読の四原則は、本来の学校の意義に沿っていることなのです。しかし、

 「現実は評価のために教育をするという考えが強い。」

とおっしゃっています。続けて、

 「四原則の『やる』を『生きる』に換えて考えてみましょう。『みんなで生きる』『毎日生きる』『好きに生きる』『生きるだけ』つまり『生きる』こと自体が必要じゃないですか?毎日精一杯生きることが重要じゃないんですか?」

とおっしゃいました。まさに四原則は「生き方」(哲学)なのです。ただ単に読書をさせていればいいのではなく、①「みんなで」②「毎日」の中に教師も入って「生き方」を見せなければならないのです。それをしてようやく「朝読をした」ということになるのです。教師が一緒に読まない場合は朝読が崩壊しているという報告もありました。

 「朝読をするときには教師も含めて同じスタートラインに立ち、同じ事に取り組めば、迫力が出てきて、成功するんだ。全校一斉の方がうまく行く。」

という話にも頷けます。学校全体が四原則の精神で取り組めば、成功しないはずがないと思いました。

 教師の間で一番抵抗があるのが④「ただ読むだけ」というものでしょう。「朝読」と銘打っているが、四原則を無視して100冊表彰をしている活動もあります。その活動では「我々は真面目な子にスポットを当てる活動をしているんだ。」と言っているそうですが、それについて、

 「我々の運動では真面目も不真面目もない。読書でその子の成長を助けたい。全員が何らかの形で成長してほしいという願いがある。その活動は真面目な子を道具にして学校改革・地域興しにしようとしているのが我々の運動とは違っている。」

とおっしゃいました。100冊表彰のような「評価」をした方が教育現場では受け入れやすいのかもしれませんが、本当の「朝読」の精神とは違っているのです。講演の途中で読書記録や読書感想文を求めることについての質問がありました。

 「それをセットにして行うと負担がかかる。決して本についての思いを持たせない、書かせないということではありません。四原則に基づいた感想文作成の方策はないのか、工夫が必要です。読書感想文が悪いということではありません。みんなに書かせなければならないという姿勢が悪い。」

とおっしゃいました。読書感想文の強要が読書離れを進めている一つの要素でもあるのです。

 読書をするという外形にとらわれますが、その背後にある意義というものを考えさせられる講演でした。

 

2001年9月

書店経営(トーハン)10月号

 原稿依頼が来たのが夏休み前。夏休みかかって書きました。原稿料も図書券で来ました。

 この雑誌は書店が購入する雑誌なので一般の人にはほとんど目に触れることのないものです。でもいい雑誌です。

 

2001年4月

ヤングアダルト図書目録

 私への原稿依頼と、生徒2名の原稿依頼が来ました。

 生徒の作品は、授業中に作文を書いてもらって、その中からウケそうなのを選びました。生徒2人にも図書券で原稿料が来ました。

 

2001年3月5日

新潟日報NIE特集

NIEネットワーク高校国語部会「メディアリテラシー」

 これは、私が模擬授業をしていたところを取材に来ていました。毎年NIEの学習会がありますが、たまたま私が模擬授業の担当になりました。

 しかし、こんな大きく記事になるとは思わなかったなぁ。

 

2001年2月

新潟日報 丸山浩路さんのエッセイ

当時丸山浩路さんが連載していたエッセイに私のことを書いてもらいました。新潟県立堀之内高等学校に丸山さんを招いて公演をしてもらったこと、その後子供が生まれた次の日に丸山さんの新潟市での講演会を聞きに行き、色紙を書いてくれとお願いしたこと。子どもの名前を丸山さんの講演会の話(ナンバーワンよりオンリーワン)からとって、「唯一郎」と名付けたことも書いてもらいました。その後、丸山さんのホームページに私が送った子どもの写真とともにのりました。

2000年11月

日本経済新聞新潟版 「ひと」

 朝の読書についての取材でした。なんだか写真がとっても変です。どういう髪型をしているんだ?と思うでしょうが、これは写真のバックを切り取ってしまったからこうなっているんです。私はこんな頭がいびつじゃないよ~。

 その後の「ひと」の記事を読むと、みんなちゃんと笑顔できれいな顔で映っているのですよね。もうちょっと考えてほしいなぁ。

 

1999年3月

NHK教育トゥデイ「メディアと教育」

教育について教師が相談し合うメーリングリストを活用しているということで取材を受ける。当時は六日町に住んでいたが、驚いたことに取材班は前日大阪で取材。飛行機で新潟空港まで来て、そこからタクシーで110キロの道のりをやって来ました。それだけで取材というのはお金がかかるんだなぁと実感しました。私がパソコンに入力する姿を撮りに、5名のスタッフがやってきました。雪の中ご苦労様でした。